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名古屋高等裁判所 昭和35年(う)732号 判決 1960年11月30日

控訴人 被告人 水野克已 外三名

弁護人 原田武彦

検察官 荒川健吉

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、各被告人らの弁護人原田武彦提出の控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここに、これを引用する。

所論は、被告人らのした本件各行為は、公示期間中に選挙運動を有効適切に推進するために許された選挙用ハガキの発送先の重複を避ける為め、そのハガキの宛名を応援者、知己その他から明記して貰つて紹介を受けたまでのことであつて、その紹介に当り署名運動をした場合と同一の結果を生じたとしても、被告人らの行為は、公職選挙法一三八条の二にいわゆる選挙人に対し署名運動をしたものとはいえないという。

公職選挙法一三八条の二にいう署名運動とは、同条所定の目的をもつて、選挙人各別の署名を蒐集する行為をいうものであるが、法が選挙に関しかかる目的をもつてする署名運動を禁止した趣旨は、選挙人に対し、各別に投票前に特定の候補者を支援し又は支援しない意思の表明とみられる署名を求めることは、署名者をして自らのした署名に拘束され、有権者の自由な意思に基づく公正な投票を行うことを妨げる等の危険が存することを慮つたからに他ならない。従つて、その署名を蒐集するに際し、署名を求める用紙に特定の候補者を支援し又は支援しない趣旨が明記され、又は当該用紙じたいに特定の候補者の氏名が明記され、その結果、署名者の該特定候補者に対する関係が用紙じたいから容易に了解できるように構成されている必要はなく、その署名を求める用紙じたいが白紙であり、あるいは、本件の如く特定の候補者の氏名を明記せず、単に有権者が他の有権者を紹介する形式を用いた場合であつても、いやしくも選挙に関し、右一三八条の二所定の目的をもつて(主観的違法要素)選挙人に対し、各別に特定の候補者を支援し又は支援しない意思の表明とみられる署名を求める行為をした以上、同条にいう署名運動をしたものに該当する、というべきである。しかも、行為者が他の適法な目的で右署名を求めたとしても、いやしくも、その目的と併せて前記一三八条の二所定の目的が、その署名を求めるについて存した以上、同罪の成立することは当然である。ところで、本件において、被告人らのした原判示各行為が、所論の如く原判示名古屋市議会議員選挙に際し、同市南区から立候補した小島茂が頒布する法定の選挙用通常ハガキの宛先人を準備するためのものであつたとしても(この事実は原判決が適法に確定したところである。)、被告人らにおいて、併せて、原判示紹介者名簿の紹介者となる選挙人たる各署名者に対し、原判示選挙に際し、原判示の如く右小島候補に対する支持、投票をも目的としたものであつたことは、原判決の引用する各被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書により明認できるものである以上、(しかも、その配布を受けた原判示各選挙人においても、右紹介者名簿なるものが、原判示選挙に際し小島候補の選挙運動の一環としてなされたものであることを充分窺知できるものであつたことは、原判決引用の関係証拠に徴し明らかである。)その署名を求めた用紙の形式の如何を問わず、右一三八条の二の罪が成立するのであり、本件記録を精査してみても、被告人らが各本件署名を求めるについて、それぞれ原判示の目的を有したものと原判決が認定したことについて、事実の誤認を疑うべきかどは認められないのであり、従つて又原判決の法令の適用に誤りがあるものとすることはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条に則り本件各控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 谷口正孝 裁判官 中谷直久)

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